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サイト管理人のブログです。

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令和という事で心境アンサー

平成も終わり令和が始まったのですが、

そーだな。

まぁ今の心境と言いますか、立ち振舞いと言いますか色々と近況報告でもしますかね。

インスタのタイムラインをめちゃくちゃ上げているので見てる人は知ってるだろうし、

見てない人はわからないだろうですし、

なんだろなぁ。

まぁ変わらずにあり続けるものもあれば

進化を目指し変わり続けるものもあるって感じかな?

今が人生で一番挑戦してるし、充実してるし、

目指すものもあるし

まぁ幸せな日々を過ごしています。

何と言いますか、

段々と人生についてわかってきた事が多いので、

志を高く、リスクを恐れず、挑戦し続けてる人達としか

交流することが無くなってきたので、

一歩を動き出さない人とは関わり合いは、ほぼほぼゼロですね。

まぁこれからも絡む事はないのでしょう。

多忙な日々です。

めちゃくちゃ疲れる毎日です。

でも進み続けます。

2018年が人生で一番楽しかったけど、

2019年の令和のっけから

人生の一番を更新しています。

挑戦し続け、悩み苦しみ、

それでも諦めずに前に進んでたら

色んな経験や感情を経て

マインドの階段を登り続けています。

広がり続ける可能性です。

色んな人や物事に応えることも増えてきて

伝えられる事も多くなってきた。

そーだな、しいて言うならば、

人生なんて強がる必要も怖がる必要もない。

言い訳せず、素直になって、

自分を信じて直感を頼りに

より「ドキドキワクワク」する道を選び進み続けること。

自分を上げ下げするのに、

他人を批判したり否定したりするなんて無意味だし

何も生み出すことはできない。

自分が楽しく取り組む事で周りのみんなを楽しませる。

今日を全力でフルスイングして毎日を更新していきます。

歩みを止めなければ

またどっかで

惹かれ合い、巡り会う事でしょう。

ぐっばい

2018年あざした2019年しくよろ

2018年は皆さま本間にあざした!

こんな楽しかって充実した1年は30年間生きてきた中で1番でした。

本間に飛躍の年でしてね。。。

もう思い出でいっぱいです。

やはり精神的な成長が1番でした。まだまだ登れる階段があることに嬉しく思えます。

2019年はもっともっと色んな人達を喜ばせたいし、楽しませたいんですけど

それ以上に自分自身が輝いて、色んな人や世の中を元気にできるぐらいに

自己努力と自己投資をしていきたいです。

正直、人生で怖いものなんてもう何もありません。

そんぐらいのモチベーションです。

がんばろーっと。

ほなね

師走師走師走ぅぅぅぅ

師走師走師走ぅぅぅぅぅぅぅぅ

忙しく楽しい毎日を送っております。

今年もあと少しで終わりですけど、

今年はめっちゃ楽しかった!

来年をもっとよりよい一年にしていきたいですね。

最近全くブログは書いていないのですが、

近況はほとんどインスタグラムのストーリーに上げています。

ってかストーリーめっちゃ上げてます。

ってかストーリーめっちゃ好きです。

24時間で消えてしまうけど、

その時その瞬間にしかない感情を表現する。

とてもしみじみして好きです。

1日に何回ぐらい上げてるのかなぁ?

まぁ鍵アカですけどね。

まぁとりあえずブログは近況うんぬんはやめて、

格闘技の真面目な話とかをメインにしていこうと思ってます。

ほなね

皇治「K-1を大阪に持って帰ってきた」

皇治選手が「K-1を大阪に持って帰ってきた」

っていう発言について武尊選手などが批判的な意見を出していますが、

これについてお話しますかね。

これね関東の人間には理解されないと思うけど、

関西ってK-1アレルギーが半端じゃないんですよ。

ってか関西の選手はK-1に出たら地元を含んだ関西圏の興行に出場することができなかったんです。

もちろんそれで関西でのK-1興行は開かれませんでした。

だからK-1選ぶかその他団体興行を選ぶかの二者択一をずっと迫られてきたんです。

まぁ団体興行からの圧力ですよね。

「K-1選んでから大阪帰ってきても出られる試合ないからな」と。

これはプロに限らずK-1のアマチュア興行やK-1甲子園においても圧があります。

「K-1を選んでしまったらもう地元じゃ試合できない」

そんなストレスを選手達はここ数年ずっと抱えてました。

まぁ結局残る人間と上京する人間に分かれましたけどね。

でもホーストカップができたらへんかな?

そこぐらいから徐々に、非K-1選手達が陽の目を見るように救われてきたのかな?

knockoutが出来てさらにクッキリ分かれて、

RIZINや那須川天心の存在などで、なんとかK-1を選ばなかった選手達が報われたのと

K-1のブランド力が下がってきました。

まぁ天心の存在が象徴的ですよね。

そんぐらいからK-1も、自分らのことをK-1グループって言うようになりましたから。

これね本間に関西のプロ選手やジュニア選手は悩んでいたんですよ。

しかもジュニア選手の親御さんらはモロに自分らがK-1世代ですから、

やっぱり我が子をK-1甲子園とかに出したいんですよ。

でもK-1を子供に選ばさせるのは今後の選手キャリア、

これからの将来を縛ってしまうし、かなりリスキーな行為なんだと悩んでました。

まぁかといって那須川天心みたいに突き抜けることもできない。

プロ選手も含めて、ジュニア選手、その親御さん、

みんなこの独占契約のK-1を選んで、その他関西を捨てることができなかったんです。

本間にみんな悩んでいました。

そ・こ・で、

皇治選手の「K-1を大阪に持って帰ってきた」の意味がわかるんですよね。

自分が注目選手となって、閉ざされていた大阪でK-1大会を開くってことで、

選手が自分の選んだ舞台で、

場所やしがらみに関係なしで輝けるってことを証明したってことなんです。

だからこの発言の意味は実はかなり深いんです。

皇治選手も30歳前なので年齢的に勢いのあった時代をしがらみの中で生きてきています。

だからこそ短い選手生命なんだから、

自分自身の選択でキャリアは切り開けるってことを証明したんですな。

まぁ関西格闘技事情を知らない人たちはなんのことかわからないでしょうけど、

実は皇治選手はしがらみやらなんやらをブチ壊して成り上がった選手なんですよと。

だからリング上で天心や堀口選手の事を言ったりするんですね。

まぁそんな業界背景があって苦労があったことを少しでも理解してもらえたらなと思います。

ちなみに勝敗予想なんですが、

武尊選手のフックの内側を皇治選手がストレートで当てることができたのなら唯一勝てるかな?

絞ったストレートを打ち合いの中で打てるか?

まぁこれがカギかな?

ほなね

悔しいですなぁ。

『寂しくなるやんけ、これからも一緒に仕事しようや』

すっごい落ち込んでた時に受けた言葉です。

自分の好きな事を通して世の中を明るくしたいな。

そう思ってる人間がお手伝いしてる仕事で迷惑かけるようになったら終わりかな。。

もう諦めて就職でもしようかなぁって思いました。

でもこうやって声を掛けてくれる人や会社さんがあって考え方が変わりました。

『少しでも自分を必要としてくれる声がある限り、それに応えるためだけに頑張ろう』

そう思うようになってから少しずつですが、自分にも周りにも笑顔が増えてきました。

そして、自分がしてる毎日は当たり前ではない。

もしかしたら今日この人達と仕事するのが最後になるかもしれない。

もし最後になるのなら、最高に楽しく良い仕事になって終わりたい。

そしたら『今日という1日をどれだけ楽しく生きれるか?』

そう考えるようになりました。

それからというもの、

自分の周りには親切で優しくて楽しい人達ばっかりになりました。

めちゃくちゃありがたいし幸せなのですが、

でもこれだけではダメなんです。

自分自身が明るく楽しく幸せでいれば、

下向いて暗く落ち込んでたり悲しんでる人達を明るく照らすことができて元気にできると思ってます。

それができれば世の中がもっと良くなると思う。

それがなかなか実現できません。

自分自身だけが幸せなのではなく、

自分と出会ってくれた全ての人を喜ばせたいし楽しんでもらいたい。

最近はちょっとそれが出来なかったことがちょいちょいあったので

悔しいですし悲しいです。

僕の尊敬していて会社経営してる先輩は色んな人を喜ばせてるんで、

少しでも追い付けるように頑張りたいです。

今が人生で一番楽しいし充実してる。

でもこれからは『I』ではなくて『WE』にしていきたい。

ほなね